別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年10月14日金曜日

2022湘南キャンドル~江の島の秋~




開催期間
10/15(土)〜11/6(日)

17:00~20:00
(最終入場19:30)
土日祝日は21:00まで
(最終入場20:30)

※雨天・強風の場合中止



湘南キャンドル


龍の口竹灯籠


江の島








☆ ☆ ☆ ☆ ☆

旧川喜多邸別邸

宝物風入


鎌倉の紅葉


長谷寺ライトアップ


鎌倉殿の13人


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2022年10月12日水曜日

頼朝に対抗しようとした新田義重と頼朝の下に参じた里見義成


『吾妻鏡』によると・・・

1180年(治承4年)12月22日、源頼朝安達盛長に命じて新田義重を呼びつけます。

それは、上野国の寺尾城に軍兵を集めているという噂があったため。

鎌倉にも入れず山内(現在の北鎌倉)に止め置かれた義重は、

「頼朝様に敵対する気持ちはありませんが、各地で戦争が起こっている中、安易に城を出てはいけないと家人らに諌められましたので、躊躇しておりましたら、この命令を受けて大変恐縮しております」

と弁明したのだといいます。

これを盛長が特に強調して取次いだので、許されたのだとか。


同日、平家に従っていた義重の孫の里見義成が、家が再興されたことを聞いて京都から参上します。

石橋山の戦い後、平家が源氏の主だった者を悉く滅ぼすよう命をだしたとき、義成は「関東に下って頼朝を襲撃する考えがある」と偽りを申したところ、平家は喜んで関東下向を許可したのだといいます。

その志は祖父の義重と違うので、頼朝は身近に仕えることを許可したのだとか。



(太田市:大光院)




歴史めぐり源頼朝


鎌倉幕府滅亡


新田義貞の鎌倉攻め

稲村ヶ崎の奇跡~龍神と黄金の太刀~


源頼朝も祀られている!








☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人

二代執権北条義時


特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編

特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編


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2022年10月9日日曜日

上州の縁切寺:満徳寺




満徳寺は、徳川義季が創建した尼寺。

義季は、新田氏の祖新田義重の子で徳川氏の祖とされています。

そのため、江戸時代には鎌倉の東慶寺とともに徳川家康から縁切寺として認められました。

明治になって東慶寺は男僧の寺として再興されましたが、満徳寺は廃寺となりました。

現在は、本堂・門などが復元され、遺跡公園として整備されています。





歴史めぐり源頼朝








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2022年の大河ドラマ
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2022年10月8日土曜日

源義平の墓~清泉寺:太田市~


源義平の墓


源義平は、源義朝の長男。
源頼朝は異母弟。

1159年(平治元年)の平治の乱で敗れた義平は、翌年捕らえられ、京都の六条川河原で斬首されました。

妻の祥寿姫は、その首を故郷の新田荘に持ち帰り葬ったのだと伝えられています。

清泉寺は、祥寿姫が結んだ草庵を始まりとしているのだと伝えられています。





歴史めぐり源頼朝








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2022年10月7日金曜日

新田義貞追善のために建立された金龍寺




金龍寺は、新田義貞の追善のために建立された寺。

戦国期、開基の横瀬氏(由良氏)が常陸国へ移封となり、寺も常陸国へ移されますが、館林城主の榊原康政が元の地に寺を再興したのだと伝えらえています。


新田義貞供養塔と
由良氏の五輪塔







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