別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年8月5日金曜日

北条時房の元服式と改名~北条政子に激怒された鼓判官~




『吾妻鏡』によると・・・

1189年(文治5年)4月18日、御所で北条時政の三男の元服式が行われました。

夕刻から行われた儀式は、大内義信・太田広綱・安田義定・源範頼北条義時・新田義兼・千葉常胤三浦義澄三浦義連畠山重忠・小山田重成・八田知家足立遠元・工藤景光・梶原景時和田義盛土肥実平岡崎義実・宇佐美助茂ら源家一門と幕府重鎮が参列する盛大なものでした。

源頼朝は、三浦義連に加冠役を命じ、五郎時連と名づけられました。

義連が加冠役となった理由は、1181年(治承5年)6月に納涼のために行った三浦で、上総広常岡崎義実が言い争った際、これを収めたのが義連だったから。

北条政子が可愛がっているこの子の将来を考えて頼りとなる者を選んだのだといいます。


しかし、1202年(建仁2年)、時連は時房に改名します。

『吾妻鏡』・『北条九代記』によると・・・

この年の6月25日、源頼家の御所では、北条政子も出席した蹴鞠の会が催されました。

夕刻まで蹴鞠が行われた後、酒宴となり、京の白拍子・微妙が舞います。

平知康が鼓を打ったのだそうです。

宴たけなわとなり、知康は時連に酒を勧めます。

そして、酔っぱらっていた知康は時連に

「北条殿は、容姿もうるわしく、ふるまいも雅であるのに、時連という名は下劣です。

「連」の文字は、銭を貫く紐の意味でしょうか。

それとも歌の名人紀貫之にあやかろうとするものでしょうか。

いずれにしても適当な名ではないので、早く将軍に申し上げて改名した方がよろしいでしょう」

と言うと、時連は「連」の字を改めることにしたのだとか。


翌日、政子は帰りますが、平知康の話を「理解に苦しむ愚かなこと」と激怒したそうです。

「その昔、木曽義仲法住寺殿を襲撃した際、公卿や殿上人が恥をかいたのも、知康が後白河法皇に義仲追討の建議を奉ったから。

また、源義経に味方して将軍家を滅ぼそうと諮った際、先代(頼朝)は知康の職を解き、追放するように法皇に申し入れていました。

それなのに、頼家はそれを忘れ、親しくそばに近づけたことは、亡き父の趣旨に反しています」と。


恐縮した知康は、しばらく家を出なかったのだとか・・・


平知康は、鼓判官と呼ばれた武将。

『吾妻鏡』によると、1186年(文治2年)12月11日、弁解のため鎌倉へ下向したのだといいます。

1203年(建仁3年)、頼家が失脚し、伊豆の修禅寺に幽閉されると帰洛したのだか。



北条時房・顕時邸跡から発掘された木製の不動明王。



北条時房

北条政子








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2022年8月4日木曜日

鎌倉へ下り出家した白拍子の微妙


『吾妻鏡』によると・・・

1202年(建仁2年)3月8日、比企能員邸の桜が満開となり、源頼家が招かれました。

宴会の席では、京都からやってきた白拍子・微妙が舞い、頼家は大いに喜んだのだといいます。


妙本寺の桜
(比企能員邸跡)


比企能員によると、この微妙は何か訴えがあって鎌倉までやってきたとのこと。

頼家は微妙に事情を尋ねてみますが、涙を流すばかりで一言も発しません。

それでも何度も尋ねると

「去る建久年中に父右衛門尉為成は、讒訴によって投獄されました。

西獄(都の右京に置かれていた獄舎)の囚人は奥州の夷に与えられ、奥州に追放されることとなりました。

父も頼朝さまの雑用に追い立てられて奥州へ下りました。

母は、それから間もなく、悲しみに耐えきれず病気になり死んでしまいました。

その時私は七歳でした。

兄弟も親戚もなく、みなしごとなってしまいました。

大人になった今、父の行方が恋しく、その生き死にを知りたいので、白拍子となって、ここまでやってきました」

と話します。

この話を聞いていた一座の者は、皆同情の涙を流し、速やかに奥州へ使いを出し、消息を尋ねるよう決定されたのだとか。


『前賢故実』より
(国会図書館デジタルコレクション)


3月15日、北条政子が頼家の御所に参上して、微妙の舞を観ます。

聞きしに勝る舞だったようです。

そして、微妙の父を慕う心根に感心した政子は、急いで奥州へ飛脚をたてて微妙の父親を探すよう命じ、さらに、伝令が帰ってきたときは政子の屋敷に来させるよう命じて、微妙を連れて屋敷へ戻りました。


8月5日、奥州へ遣わした飛脚が帰ってきます。

その報告によると、微妙の父為成はすでに死亡しているとのことでした。

それを聞いた微妙は、号泣しながら気を失い倒れ伏したそうです。


8月15日夜、微妙は、亡き父の追善供養をするため寿福寺栄西の宿舎で出家。

法名は持蓮。

同情した政子は、深沢のあたりに草庵を与え、政子が持仏堂の礼拝するときには参るようにと言い聞かせたのだそうです。

微妙は、古郡左衛門尉保忠と結ばれていたのですが、保忠が領地の甲斐国へ下っている間に尼となってしまったのだそうです。


8月24日夜、古郡左衛門尉保忠が鎌倉へ帰ってきました。

微妙が栄西の弟子・祖達房に頼んで出家した事を聞くと、子細を尋ねたいと言い出します。

恐怖した祖達房は、御所の門前へ逃げますが、怒りのおさまらない保忠は、従僧たちをなぐってしまいます。

政子は、結城朝光を派遣して保忠をなだめさせたのだといいます。

そして、和田義盛結城朝光を使って保忠の理不尽を頼家に伝えさせます。

8月27日、保忠は、頼家からお咎めを被ったのだそうです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

その後、微妙がどうなったのかはわかりませんが、古郡左衛門尉保忠は1213年(建暦3年)5月4日に甲斐国で自殺しているようです。

古郡氏は、武蔵七党の一つ横山党の一族とされ、1213年(建暦3年)5月2日に起こった和田合戦で和田義盛に味方していました。




源頼家


阿野全成の誅殺

比企能員の暗殺・比企氏滅亡








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金剛三昧院の多宝塔は頼朝と実朝の墳墓堂・・・




金剛三昧院は、北条政子源頼朝源実朝の供養のために建立した寺院。

現在、金剛三昧院にある多宝塔は、政子が安達景盛に命じて伽藍整備を行なったときのもので、1223年(貞応2年)の建立。

頼朝が寄進したという石山寺(滋賀県大津市)の多宝塔に次ぐ古さ。


では、金剛三昧院の多宝塔は、頼朝のためのものか、実朝のためのものか、それとも両者のためのものか・・・


1281年(弘安4年)に八代執権北条時宗が発給した「関東下知状案」によると、当時の金剛三昧院には二基の多宝塔があったらしい。

現存する多宝塔は頼朝の墳墓堂で、かつてあったもう一基は実朝の墳墓堂だったという説も・・・







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2022年8月3日水曜日

後鳥羽上皇の遺骨が納められた京都大原の勝林院




勝林院は、「天台声明」(しょうみょう)の道場として栄えた寺。


1221年(承久3年)の承久の乱で隠岐に流された後鳥羽上皇

1239年(延応元年)2月22日、京都に還ることなく崩御(享年60)。

翌年、遺骨が勝林院に納骨されたのだといいます。

さらにその翌年には、勝林院の南に法華堂が建立され納骨されたのだそうです(大原陵)。




勝林院の本尊は阿弥陀如来。

法然の伝説から「証拠の阿弥陀」と呼ばれています。







後鳥羽上皇


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北条政子の言葉~承久の乱~








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2022年8月2日火曜日

8月6日から鶴岡八幡宮の「ぼんぼり祭」が始まります。




2022年の「ぼんぼり祭」は8月6日から8月9日。





ぼんぼり祭


鶴岡八幡宮







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8月10日の鎌倉は功徳の日!

黒地蔵縁日

四万六千日

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鶴岡八幡宮例大祭


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2022年8月1日月曜日

2022三嶋大祭り~行列の頼朝役には大泉洋さん~




三嶋大祭りは、三嶋大社の祭礼にあわせて開催される三島市最大のイベント。

期間は8月15日・16日・17日


中日は三嶋大社例大祭

そして、頼朝公旗挙げ行列

2022年の頼朝公旗挙げ行列は、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出演者が参加。

源頼朝役:大泉洋さん

安達盛長役:野添義弘さん

源範頼役:迫田孝也さん

仁田忠常役:高岸宏行さん


頼朝公旗挙げ行列は15:30に三嶋大社大鳥居前を出発する予定です。



最終日には三嶋大社で武田流流鏑馬も。




三嶋大社


伊豆・箱根

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