別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年6月15日水曜日

八田知家の罠にはまった多気義幹~曽我兄弟の仇討ち事件と常陸政変~




多気義幹(たけよしもと)は、常陸国筑波郡多気を本拠とした武将。

つくば市北条にある五輪塔は、八田知家の策謀により所領を失った多気義幹の墓と伝えられています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

『吾妻鏡』によると・・・

1193年(建久4年)、源頼朝が催した富士裾野の巻狩りの際の5月28日夜半、曽我兄弟が工藤祐経を殺害するという事件が起きました。


6月5日、曽我兄弟の事件を聞いた常陸国の八田知家は、すぐに駆けつけようとしますが・・・

その時、同じく常陸国の多気義幹(たけよしもと)を陥れるための策謀を巡らせ、一人の下男を義幹に遣わして

「八田知家が軍勢を集め、多気義幹を討とうとしている」

という噂を流させました。

義幹は防戦の準備を始め、城に立て籠もります。

そこへ知家は義幹へ使いを出して

「富士野の旅館で乱暴狼藉があったと噂ですので同道願いたい」

と伝えさせます。

しかし、義幹は

「思うところがあるので同道できません」

と答えたのだといいます。

そして義幹は、さらに防備を固めたそうです。


6月12日、知家が義幹の謀反を訴えたことにより、鎌倉に戻っていた頼朝は、義幹に出頭するよう命じます。


6月22日、呼び出された義幹が参上。

知家の訴えは、

「先月の曽我兄弟の乱暴狼藉を今月の4日に聞き、すぐに駆けつけようと思い、多気義幹にも同道を呼びかけましたが、義幹は兵を集め籠城し、反逆を企てました」

というものでした。


義幹は弁解できず、常陸国筑波郡、南郡、北郡などの領地が没収され、身柄は岡辺泰綱に預けられました。

没収された所領は、一族の馬場資幹(ばばすけもと)に与えられています。


※八田知家と多気義幹は所領が隣接していて、かねてより権勢を争っていたようです。






小田城は、常陸国筑波郡小田邑(現在のつくば市小田)を本拠とした小田氏十五代の居城。

小田氏の祖八田知家が1185年(文治元年)に築いたのだと伝えられています。



八田知家


富士裾野の巻狩り

曽我兄弟の仇討ち

巻狩りと仇討ち

白糸の滝

歴史めぐり源頼朝









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2022年6月13日月曜日

小鹿を射止めた北条義時の嫡子金剛と祝いの儀式・矢口の祭り


『吾妻鏡』によると・・・

1193年(建久4年)9月7日、伊豆国の江間で北条義時の嫡子金剛(11歳・のちの泰時)が小鹿一頭を射止めました。

11日に鎌倉へ戻った義時は、それを持って御所へ行き、矢口の祭りの準備を始めます。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

矢口の祭りとは・・・

狩りに出て初めて獲物があったときや、少年が初めて狩りに出て獲物を得たときに行われる祝いの祭り。

黒・赤・白の3色の餅を供え、選ばれた3名の者が順番に食べる儀式のようです。


矢口餅

鳩サブレーの豊島屋さんで販売されている「矢口餅」。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

義時が餅を供えているところへ源頼朝が出御。

足利義兼・山名義範ら数名が従っていました。


頼朝は、小山朝政を呼んで餅を食べさせます。

朝政は、餅を三回食べましたが、一度目は叫び声を発し、二度目、三度目は声を発しませんでした。

次は三浦義連

三回食べて、毎回叫び声を発しました。

三人目は諏方盛澄

前の二人の様子を知られないように、あえて遅らせて呼んだのだといいます。

三回食べましたが、叫び声は発しませんでした。


矢口の餅の食べ方は、家によって伝えられ方が違うことを知った頼朝は、感心したのだとか。






二代執権北条義時

三代執権北条泰時



源頼朝配流の地・北条氏発祥の地

歴史めぐり源頼朝







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曽我事件~鎌倉殿の13人第二十三話~


第二十三話では、征夷大将軍となった頼朝が富士裾野で大規模な巻狩りを催しました。

その時に起こったのが曽我事件

曽我十郎祐成と五郎時致の兄弟が頼朝の暗殺を企てますが・・・

失敗に終わりました。


次回は範頼が・・・




井出家の高麗門と長屋


井出氏は中世に駿河国富士郡井出郷を支配していた土豪。

1193年(建久4年)5月15日、巻狩りを催すため富士裾野に到着した頼朝は、井出館を宿営の場所にしたのだと伝えられています。


白糸の滝

白糸の滝は世界文化遺産「富士山」の構成資産。


富士の巻狩りで白糸の滝を見た頼朝は・・・
「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」
と詠んだのだとか。


おびん水

白糸の滝の上のあるお鬢水は、頼朝が鏡のような美しい水面に顔を映して鬢のほつれを直したという清水。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

頼朝が催した富士裾野の巻狩りでは、曽我兄弟の仇討ち事件が発生しました。


音止の滝

白糸の滝の隣にあるのが音止の滝

曽我兄弟の伝説が残された名瀑。


曽我の隠れ岩

曽我兄弟が討ち入りの相談をしたという場所。


工藤祐経の墓

曽我兄弟に討たれた工藤祐経の墓と伝えられています。

ここは工藤祐経の陣所があったという所。


曽我兄弟の墓

工藤祐経の陣所に討ち入り、見事に父の仇を討った曽我兄弟でしたが・・・

兄の十郎祐成は仁田忠常に討たれ、弟の五郎時致は捕えられて処刑されます。

曽我兄弟の墓がある地は十郎祐成が討たれた所と伝えられています。


曽我八幡宮

曽我八幡宮は、1197年(建久8年)、頼朝畠山重忠を遣わして創建させたという社。



富士裾野の巻狩り

曽我兄弟の仇討ち

巻狩りと仇討ち

白糸の滝

歴史めぐり源頼朝








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2022年6月12日日曜日

曽我十郎祐成と五郎時致の弟・律師


『吾妻鏡』によると・・・

曽我十郎祐成と五郎時致には、1176年(安元2年)に父河津祐泰が暗殺されて五日後に生まれた弟がいました。

曽我兄弟は、母満江御前が再嫁した曽我祐信のもとで育てられますが、弟は伊東祐清の妻に引き取られて育てられます。

祐清の妻は比企尼の三女。

祐清の死後、祐清の妻が大内義信に再嫁したことで義信の養子となり、出家して律師と名乗っていたようです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

1193年(建久4年)5月28日、曽我兄弟富士裾野の巻狩りの際に仇討ちを決行。

父を殺害した工藤祐経を討ち取りますが、兄の十郎祐成は仁田忠常に討ち取られ、弟五郎時致は捕えられて梟首されました。

仇討ち後、工藤祐経の妻子が律師も兄たちと同じように処分するよう訴えますが、その時は曽我兄弟に同意した証拠がないので許されました。

しかし・・・

7月2日、鎌倉に呼び出された律師は、死刑になると勘違いし、甘縄辺りで念仏を唱えて自殺してしまったのだと伝えられています。



富士裾野の巻狩り

曽我兄弟の仇討ち


曽我兄弟

伊東祐親


伊東祐清

工藤祐経


源範頼の謀叛








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