別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年5月27日金曜日

北鎌倉アジサイ情報!明月院ブルー2022/05/26




蕾がだいぶ大きくなってきました。

例年の見ごろは6月の第2週目ころから。








丸窓の向こうのハナショウブは6月第1週目ころから見ごろとなりそうとのこと。






明月院のアジサイ

明月院のハナショウブ

沙羅双樹


明月院







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

~アジサイの名所~
鎌倉のアジサイ


北鎌倉のアジサイ


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2022年5月26日木曜日

藤原秀衡と源頼朝の極楽浄土


無量光院復元図


平泉の無量光院は、藤原秀衡が極楽浄土を表現した寺院。

宇治の平等院鳳凰堂を真似て建てられました。


無量光院復元図


源頼朝も鎌倉に極楽浄土をと考えて永福寺を建立しました。

『吾妻鏡』によると、その本堂は中尊寺二階大堂を模したものだったそうですが、全体構想は無量光院を中心に置いていたのかと思われます。


永福寺復元図

永福寺は、二階堂を中心に、南に阿弥陀堂、北に薬師堂が回廊(複廊)で結ばれ、阿弥陀堂の南と薬師堂の北には苑池へと延びる翼廊を従えていたことが確認されています。





無量光院


藤原秀衡


奥州平泉








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毛越寺の庭園




毛越寺の全盛期の堂塔は焼失してしまい、その遺構が残されているのみですが、伽藍中央に配された庭園は往時の姿に復元されています。

毛越寺境内は国の特別史跡、庭園は特別名勝。





源頼朝は、奥州征伐の後、鎌倉に永福寺を建立しますが、特に苑池の造営には熱心だったといいます。

毛越寺の庭園を見ているからなのでしょう・・・

北条時政義時泰時の三代が整備した伊豆の国市の願成就院は、平泉の寺院を参考にした伽藍で、主に毛越寺を模した構成だったのだといいます。




毛越寺


奥州平泉

奥州征伐~奥州藤原氏の滅亡~


源義経

藤原秀衡

源義経最期の地

歴史めぐり源頼朝








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2022年5月25日水曜日

今剣という刀で自刃した源義経


(京都)


『義経記』によると・・・

源義経平泉衣川館で自刃した時に使ったのは「今剣」という刀。


六寸五分(約20cm)で平安時代の刀工・三条宗近の作。

鞍馬寺に奉納されたこの刀は、のちに義経に与えられました。

守り刀として大切にしていた義経は、源平の戦いでも身に着けていたのだといいます。


1189年(文治5年)閏4月30日、藤原泰衡に衣川館を攻められた義経は、この今剣で左の胸から刀をたて、背中に通ずるまで掻き切り、疵口を三方に切り破って、内臓を引き出し、刀を衣の袖で拭ったのだとか・・・


(鞍馬寺)

平泉衣川館で最期を遂げた源義経の魂は、鞍馬に帰ってきたと信じられています。

そして、遮那王尊として祀られています。




源義経

藤原秀衡


源義経最期の地


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源義経をめぐる京都


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