別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年3月9日水曜日

江間小四郎義時と八重姫~鎌倉殿の13人~


(伊豆の国市江間)



『吾妻鏡』によると、富士川の戦い後の1180年(治承4年)10月23日、源頼朝は、相模国府で初めての論功行賞を行いました。


北条時政武田信義、安田義定、千葉常胤三浦義澄上総広常和田義盛土肥実平安達盛長、土屋宗遠、岡崎義実、工藤親光、佐々木定綱佐々木経高佐々木盛綱佐々木高綱、工藤景光、天野遠景大庭景義、宇佐美祐茂、市川行房、加藤景員、宇佐美実政、大見家秀、飯田家義以下の者にこれまでの領地を安堵し、あるいは新しい領地を与えたりしています。

また、三浦義澄を「三浦介」に任命し、下河辺行平を「下河辺庄司」に任命しています。


この中に北条義時の名はありませんが、父の時政が新しい領地を得ています。

その中には江間郷もあったはずです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


江間郷というと、頼朝との仲を引き裂かれた八重姫が嫁いだ地。

北条郷の狩野川を挟んだ対岸にありました。


大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第九話では、八重姫と結婚した江間次郎は善児なる人物に殺され、八重姫は頼朝の御所に仕えることに。

そして、間もなく義時が江間郷を手に入れ、江間小四郎と呼ばれるようになるはず。

第十話の予告では、頼朝義時八重姫の仲を取り持つような気配・・・


いい感じになってきました。



江間小四郎義時







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2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人

二代執権北条義時


特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編

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2022年3月8日火曜日

一所懸命の坂東武者と源頼朝~鎌倉殿の13人~


1180年(治承4年)10月20日、富士川の戦いで平維盛率いる追討軍を敗走させた源頼朝

『吾妻鏡』によると、追撃して一気に上洛をと考える頼朝に対し、千葉常胤三浦義澄上総広常らの有力な坂東武者が反対します。


大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第九話では、それでも平清盛の首を取りたい頼朝は、北条時政北条義時に追撃を命じます。

しかし、時政が頼朝にこう言います。

「佐殿(すけどの・頼朝)は所領をお持ちでないのでわからねぇんだ。

坂東武者にとって一番大事なのは所領と一族。

それを守るためなら死に物狂いで戦う。

清盛が憎いからじゃねぇ~

おのが所領がかかっているから戦うまで。

その辺のところをどうか考えてやってくだせぇ~

戦で命を張るのはわしらなんだ!」




源頼朝挙兵を援けたのは、自分の領地(農地)を守るために一所懸命だった武士団。

頼朝の時代の武士は大農場主。

一所懸命という言葉は、「農地を命懸けて守る」というところに由来しています。

「武家の世」=「所領安堵」=「農場主としての経営の安定」。

「鎌倉に集まった武士」=「頼朝に従った武士」は、頼朝に奉仕する代わりに恩賞をもらい所領を安堵してもらうことを望んでいたのです。



源頼朝挙兵

富士川の戦い








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2022年3月7日月曜日

若宮大路の玉縄桜~鎌倉の桜~2022/03/07


「玉縄桜」は県立大船フラワーセンターで育成された鎌倉生まれの桜。









鎌倉の桜


観桜会








☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022桜の開花・満開情報

2022鎌倉で花見



☆ ☆ ☆ ☆ ☆

頼朝桜まつり~鋸南町~

松田町の河津桜


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

~鎌倉原産の桜~
(京都で人気を集めた鎌倉桜)

桐ヶ谷~鎌倉原産の桜~

普賢象~鎌倉原産の桜~


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

~鎌倉市の木~

ヤマザクラ

オオシマザクラ


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2022年3月6日日曜日

平清盛の墓と兵庫大仏~神戸市:能福寺~




1180年(治承4年)閏2月4日、平清盛が亡くなると能福寺寺領内に平相国廟が建立されたのだと伝えられています。

能福寺は平家一門の祈願寺でした。

境内の廟所は1980年(昭和55年)に復興されたもの。

中央の十三重の塔が清盛。

右の宝篋印塔は清盛の出家の師・円実法眼。

左は九重塔は能福寺を中興した忠快法印。

『平家物語』によると、清盛は愛宕山(京都)で火葬され、遺骨は円実法眼によって摂津国に運ばれ、大輪田泊に築かれた経の島に納められたのだという。


兵庫大仏

能福寺の大仏は、奈良の大仏鎌倉の大仏とならんで三大大仏に認定されているそうです。






平清盛








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清盛塚~平清盛の供養塔~




清盛塚は、1286年(弘安9年)に建立された平清盛の供養塔。

長らく清盛の墳墓とされてきたようですが、1923年(大正12年)の調査で墳墓ではないことが判明したのだといいます。

鎌倉幕府九代執権の北条貞時が清盛の供養のために建立したという伝説も。



供養塔の横には平清盛の像。


琵琶塚

その隣の琵琶塚は、琵琶の達人であった平経正の塚として伝えられてきたもの。








平清盛








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