源頼朝が創った武家政権の都「鎌倉」の歴史を中心に、関係地の伝説・文化や自然・寺社の花などの情報をお伝えします。
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別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
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2021年10月27日水曜日
国宝「法語規則」と国宝「蘭渓道隆像」~建長寺の宝物風入~
2021年の建長寺の宝物風入は、得月楼2階で規模を縮小しての開催。
国宝の
「蘭渓道隆像」
・同じく
「法語規則」
など、開山の蘭渓道隆に関わりのある宝物が展示されるようです。
法語規則
「法語」(右)は、衆僧に対して怠慢放縦をいましめ参禅弁道に専心すべきことを説き、
「規則」(左)は、僧として守るべき規範が定められています。
蘭渓道隆像
曲彖(椅子)に坐す
蘭渓道隆
の頂相です。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
1月9日放送開始
2021年10月26日火曜日
源頼朝の笠置の石がある宝鏡院~三島市~
宝鏡院
は、臨済宗
建長寺
派の寺院。
室町幕府二代将軍の足利義詮の建立と伝えられ、
建長寺
第四世の普覚禅師が開山に迎えられました。
足利義詮と足利
政知の
墓
足利政知は、八代将軍足利義政の弟。
鎌倉公方
として関東八カ国に伊豆・甲斐を統治するため下向しますが、鎌倉に入ることはできず、伊豆の堀越に留まったことから
堀越公方
と呼ばれました。
門前の鞍掛け石
川原ヶ谷神社に参詣する人がここで馬に乗ったと伝えられています。
境内の鞍掛け石
鞍掛け石は対に置かれていましたが、もう一つは宝鏡院境内に置かれています。
笠置の石
笠置の石は三島七石の一つ。
源頼朝
が
三嶋大社
に参詣する折に笠を置いたのだとか・・・
宝鏡院
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2022年の大河ドラマ
国宝舎利殿:秋の特別公開~2021円覚寺の宝物風入~
円覚寺
の塔頭
正続院
にある
舎利殿
は、鎌倉で唯一の国宝建造物。
開山堂前の昭堂(礼堂)で、仏舎利を祀っていることから
「舎利殿」
と呼ばれています。
現在の
舎利殿
は、
鎌倉尼五山
の一つ
太平寺
の仏殿が移築されたもの。
毎年、11月の
宝物風入
にあわせて特別公開されています。
11月5日(金)~7日(日)
9:00~16:00(最終日は15:00終了)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~尼寺太平寺~
太平寺跡
太平寺
の仏殿は、1284年(弘安7年)頃には建てられていたと考えられています。
太平寺
は、1556年(弘治2年)、安房の里見義弘が鎌倉に攻め入った際、住職の青岳尼を連れ去って妻としたことから、
北条氏康
(後北条氏)の怒りをかって廃寺とされてしまいました。
その後、1563年(永禄6年)の大火で
正続院
の諸堂が焼失してしまったことから、氏康は
太平寺
仏殿を移築して昭堂としたのだそうです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~源実朝が請来した仏舎利~
大慈寺跡碑
舎利殿の仏舎利は、三代将軍
源実朝
が宋より請来したもので、
大慈寺
に安置されていたましたが、1285年(弘安8年)、九代執権
北条貞時
によって
円覚寺
に移されました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~禅宗様と大仏様~
円覚寺舎利殿
鎌倉時代には宋の建築様式が輸入され、その代表的なものが
東大寺
の
南大門
にみられる「大仏様」と
円覚寺舎利殿
にみられる「禅宗様」です。
東大寺南大門
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
1月9日放送開始
2021年10月25日月曜日
源頼朝の祈願仏~三島市:宗徳院~
蛭ヶ小島
に流されていた
源頼朝
は、源氏再興を祈願するため
三嶋大社
に百日間の日参していました。
その折、
宗徳院
にも詣でたのだといいます。
宗徳院の延命地蔵尊は、頼朝の祈願仏だったのだとか。
駒爪の橋
かつては石橋で、頼朝の馬の爪痕が残されていたそうです。
源頼朝の祠
源頼朝
が足痛除きの祈願をしたという祠なのだとか。
宗徳院
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