伝説によると・・・
598年(推古天皇6年)、聖徳太子のもとに甲斐国から数百頭の馬が献上されました。
その中から太子は、足先だけが白い黒駒を「これぞ神馬」と見出します。
舎人の調子麿(ちょうしまろ)が世話をしていましたが、ある日、太子が黒駒に試乗すると、調子麿とともに空高く飛び上がります。
そして、太子と調使麿を連れて東国へと向かい、富士山を越えて信濃国まで至り、三日後に飛鳥の地に帰ってきたのだとか。
東京国立博物館所蔵の国宝「聖徳太子絵伝」には、雲に乗った馬で富士山を越える太子の姿が描かれています。
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宝戒寺の太子堂には、聖徳太子の二歳尊像が安置されています。
(聖徳皇太子大祭)
1月22日は太子講。
鎌倉周辺の大工・鳶・左官・板金工・植木職などが集まり、護摩が焚かれ、読経のあと、木遣唄が奉納されます。
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