(三嶋大社)
治承4年8月17日、三嶋大社の祭礼の日。
安達盛長が代理で参拝しました。
そして、源氏再興の挙兵の日。
午後になって佐々木四兄弟が到着しました。
定綱と経高は疲れた馬で、盛綱と高綱は徒歩での到着です。
頼朝はとても喜びます。
そして、涙を浮かべながら、
「お前達の遅刻で、予定していた今朝方の合戦が出来なかった。残念である」と語ります。
佐々木四兄弟は、「洪水のため遅れました」と申し上げ、謝罪したといいます。
その晩、頼朝は山木館を攻めさせます。
加藤景廉と佐々木盛綱は、留守番として頼朝の傍らにいました。
まず、佐々木定綱・経高・高綱の三人が、山木兼隆の後見役堤権守信遠を討ちます。
このとき、経高の放った鏑矢が、平氏を征伐するための最初の矢でした。
その後、佐々木兄弟は、山木兼隆襲撃の軍に加わります。
頼朝は、「戦が始まったら火をつけるように」と命じていましたが・・・、
その火がなかなか見えないので、留守の加藤景廉・佐々木盛綱・堀親家らを山木館へ向かわせました。
景廉には、長刀を与え、「兼隆の首を討って持参すべし」と命じています。
そして、盛綱と景廉は、兼隆の屋敷内に入り、見事に兼隆を討ち取ります。
兵達が帰ってきたのは、18日の明け方でした。
(香山寺)
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