長谷の甘縄神明神社前に住んだのは1946年(昭和21年)のこと。
『山の音』には、甘縄神明神社の様子も描かれています。
ふと信吾に山の音が聞こえた。
風はない。
月は満月に近く明るいが、しめっぽい夜気で、小山の上を描く木々の輪郭はぼやけている。
しかし風は動いていない。
信吾のいる廊下の下のしだの葉も動いていない。
鎌倉のいわゆる谷戸の奥で、波が聞こえる夜もあるから、信吾は海の音かと疑ったが、やはり山の音だった。
遠い風の音に似ているが、地鳴りとでもいう深い底力があった。
自分の頭のなかに聞こえるようでもあるので、信吾は耳鳴りかと思って、頭を振ってみた。
音は止んだ。
音が止んだ後で、信吾ははじめて恐怖におそわれた。
死期を告知されたのではないかと寒けがした。
社殿前から見える相模湾