別冊『鎌倉手帳』

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2017年5月23日火曜日

崇徳上皇と安井金毘羅宮~京都~



崇徳上皇が祀られている安井金毘羅宮の北にあります。

崇徳上皇は、1156年(保元元年)の保元の乱で讃岐へ流罪となり、京に戻ることなく1164年(長寛2年)に崩御(46歳)。

上皇に寵愛されていた阿波内侍(あわのないし)が遺髪を譲り受けて、ここに塚を築いて霊を慰めたのだと伝えられています。


 安井金毘羅宮


安井金毘羅宮は、藤原鎌足が創建した藤寺をその始まりとしています。

崇徳上皇は藤寺の藤を愛し、1146年(久安2年)に堂塔を修造して、寵愛していた阿波内侍を住まわせました。

保元の乱で崇徳上皇が流罪となると、阿波内侍は上皇自筆の御影を観音堂に祀り、日夜勤行していたそうです。

そして、1177年(治承元年)、大円法師が観音堂を参拝すると、崇徳上皇の霊が現れます。

そのことを後白河法皇に奏上すると、法皇の命によって光明院観勝寺が建立されます。

それが安井金比羅宮の起こりだと伝えられています。


 安井金毘羅宮

この巨石の穴を表からくぐれば縁が切れ、裏からくぐると良縁に授かるといわれています。


参考までに。

「保元の乱」は、後白河天皇と崇徳上皇の分裂に、源氏と平氏の武力が加わった政変。

この乱で活躍したのが源頼朝の父・義朝


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