別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年11月7日月曜日

源実朝の渡宋計画と藤沢の船玉神社



藤沢市大鋸にある船玉神社




旧鎌倉街道沿いにあります。





かつて宋に渡る事を望んだ源実朝

渡宋のための船の用材を伐り出したのがこの辺りでした。

船玉神社は、乗船成就海上守護のために勧請されたのだといいます。


1216年(建保4年)6月、実朝は東大寺の大仏再建に尽力した陳和卿に対面します。

陳和卿は涙を流しながら実朝にこう言ったのだといいます。

「前世で、あなたは宋朝の医王山の長老で、私はその門弟でした」

実朝は、以前、夢の中に現れた高僧にも同じことを言われていました。

陳和卿の言葉を信じた実朝は、ついには宋へ渡ることを決意。

陳和卿に渡宋のための唐船の建造を命じます。

しかし、出来上がった船が海に浮かぶことはありませんでした。




源実朝


源実朝の唐船建造計画

源実朝が請来した仏舎利の伝説







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
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2022年11月5日土曜日

北条時政と鬼丸


北条時政と名刀鬼丸


『太平記』によると・・・

北条時政が鎌倉幕府の実権を握った頃、一尺ほどの小鬼が夜な夜な時政の枕元に来て害そうとすることがあった。

時政は病になってしまうが、ある夜の夢の中に、太刀が老人の姿に変えて現れた。

老人は

「我は汝を守護する者である。

彼の妖怪を退治しようと思うが、汚れた者に触れられて剣が錆びついて抜けない。

妖怪を退治しようと思うなら清浄な者に錆を拭い取らせよ」

と告げて太刀に戻ったのだという。

時政はお告げのとおり、水を浴びさせて身を清めた者に錆を拭わせ、鞘には納めず柱に立て掛けた。

冬の事だったので暖を取るため火鉢を取り寄せたが、火鉢の台を見ると銀の一尺ほどの小鬼鋳たものが。

目には水晶、歯には金がはめ込んである。

時政が夢に出てきた小鬼に似ていると思っていると、立て掛けておいた太刀が俄かに倒れ、小鬼の首を斬り落としてしまった。

以後、時政は小鬼の夢を見なくなり、太刀は鬼丸と名づけられ高時の代まで守護刀とされたのだとか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その後、鬼丸は・・・

北条時行・新田義貞・斯波高経・足利尊氏・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康などの手を経て、現在は皇室の所蔵となっているらしい。




北条時政


北条時政の龍神伝説

北条氏は龍神に滅ぼされたのか?








☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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源実朝が請来した仏舎利~円覚寺舎利殿と江の島に伝わる伝説~


円覚寺舎利殿


円覚寺舎利殿には、源実朝が宋国の能仁寺より請来した仏舎利が納められているのだといいます。


伝説によると・・・

源実朝は夢の中で、自分が「宋国の能仁寺の長老・南山道宣律師の再誕である」と告げられます。

鶴岡八幡宮の供僧・良真は長老の侍者の再誕とも告げられます。

驚いたことに、良真と壽福寺栄西も同じ夢を見ていたのだといいます。

そして、自分が南山道宣律師の再誕と確信した実朝は、能仁寺に行くことを決意し、渡宋のための船を造らせますが・・・

船は動かず、渡宋を断念することに。


しかし実朝は、代わりに良真と願性を中心とする使節団を宋国へ派遣します。

能仁寺を代参した一行は「返礼に所望するものはあるか」と尋ねられ、舎利を求めたのだといいます。

はじめは断れたようですが、何とか舎利を手に入れて帰国します。

しかし、鎌倉への途中で京都に立ち寄った一行は、朝廷から舎利を欲しがられ、約半年も足止めされてしまいます。

これを聞いて怒った実朝は、大軍を率いて上洛することを考えたようですが、安達盛長に諌められたのだとか・・・

舎利は、実朝に代わって上洛した盛長が朝廷から取り返したのだそうです。



良真像
江の島・聖天島)

実朝の命で宋へ渡った良真は、江島神社辺津宮を開きました。

良真像は辺津宮の開山堂にあったそうですが、現在は聖天島に置かれています。


江島霊迹建寺の碑
(江の島・辺津宮)

辺津宮にある江島霊迹建寺の碑は、1204年(元久元年)、源実朝が宋国に使節を送った際、宋の慶仁禅師より贈られた石碑と伝えられています。

宋に渡った良真は、慶仁禅師に会い、江の島の地図を見せようとしたところ、禅師は、

「東の名刹であることは聞かなくても知っています」

といって碑石をくださったのだとか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

江の島の伝説によると、実朝が使節を派遣したのは12,3歳の頃。

まだ将軍になったばかりで、北条時政の後見を受けていた頃です。

また、朝廷から仏舎利を取り戻したという安達盛長は、1200年(正治2年)に亡くなっています。

いずれにしても、1204年(元久元年)に使節を派遣したという説には無理があるようです。

しかし、『吾妻鏡』によると、1216年(建保4年)、実朝は東大寺再建に貢献した宋の陳和卿に渡宋のための唐船の建造を命じています。

伝説とは時代があいませんが、実朝が良真を宋へ派遣したのは確かなことなのかもしれません。



円覚寺

円覚寺舎利殿


江の島

洪鐘祭


源実朝







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2022年11月3日木曜日

鎌倉:紅葉・黄葉色づき情報!~源氏山公園~2022/11/03


平年どおりの環境であれば、11月20日前後には美しい紅葉・黄葉を愉しむことができそうです。













源氏山公園の紅葉







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

鎌倉の紅葉


鶴岡八幡宮の紅葉

源氏山公園の紅葉

旧一条恵観山荘の紅葉

本堂後庭園:北鎌倉明月院

長壽寺の特別拝観

長谷寺ライトアップ


北鎌倉の紅葉


鎌倉殿の13人


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