別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2022年4月13日水曜日

GW特別公開:建長寺の山門楼上の五百羅漢




建長寺山門楼上には、釈迦如来を中心に十六羅漢・五百羅漢像が安置されています。

ゴールデンウィークには五百羅漢像の一部が特別公開されます。






建長寺


GW鎌倉


三門梶原施餓鬼会


山内荘と北条氏







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人

二代執権北条義時


特集!「鎌倉殿の13人」伊豆国編

特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編


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2022年4月12日火曜日

補陀洛寺と成就院の文覚荒行像と袈裟御前の伝説

補陀洛寺と成就院の文覚の像。

補陀洛寺の文覚像

成就院の文覚荒行像


文覚は、もとは武士で遠藤盛遠(えんどうもりとお)といい、北面の武士として鳥羽上皇に仕えていました。

しかし、19歳のときに突然出家。

その理由は、源渡の妻袈裟御前に懸想し、誤って袈裟御前を殺してしまったからなのだとか・・・。


参考までに・・・
証菩提寺の文覚荒行像

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

~袈裟御前を殺してしまった文覚~


伝説によると・・・

1157年(保元2年)春3月、淀川に架けれた渡辺橋の橋供養の警固にあたっていた遠藤盛遠(もりとう)は、美しい女房を見かけます。

「あれはいったいだれか」と思った盛遠。

女房の輿のあとをつけると、源渡(みなもとわたる)の家へ入っていきました。

女房は、3年振りに見た袈裟御前だったのです。


源渡は、源頼光の四天王の一人源綱の子孫。
綱は一条戻橋の上で鬼の腕を「髭切りの太刀」で切り落としたという伝説で知られています。

幼い頃に両親を亡くした盛遠は、叔母の衣川殿のもとで養われていました。
袈裟はその衣川殿の娘です。



日が経つにしたがって美しくなった袈裟を慕う心が募っていく盛遠。

やがて夏が過ぎ秋がやってきます。

盛遠は9月13日の朝、衣川殿の家に押しかけ「袈裟に会わせてほしい」と強要します。

衣川殿が断ると刀を振りかざして脅します。

困った衣川殿は、仕方なく袈裟に手紙を書いて呼びつけることとしました。


駆けつけてきた袈裟に衣川殿は、盛遠の話を語り、袈裟に殺してくれるよう頼みましたが、袈裟としても母親を殺してまで自身を守るわけにもいきません。


そして、夜になると盛遠が乗り込んできて、袈裟と盛遠は一晩を過ごしました。

朝になると盛遠は「帰さない」と言い出します。

すると袈裟は、「夫の渡を殺してくれ」と頼みます。

「夫の髪を洗い、酒を飲ませて酔いつぶれさせて寝かせます。そこへ忍んできて討ってください」


それを聞いた盛遠は、喜んで日が暮れるのを待ちました。

一方、家に帰った袈裟は、渡の髪を洗い、酒をすすめて、酔いつぶれた渡を奥のとばりに寝かせつけます。

そして、自分の髪を水で濡らし、いつも渡が寝ているところに身を横たえ、盛遠が来るのを待ちました。

そうとは知らない盛遠は、約束どおり渡の家に忍び込み、濡れた髪をした首を打ち落としました。

その首を袋の中に入れて、自分の屋敷に戻った盛遠は、「ほっ」としてくつろいでいると、「袈裟が殺された」という情報が飛び込んできます。

盛遠は、「はっ」となって首を入れた袋を開けてみると、その首は袈裟の首でした。


夫への操をたてるため、自らの命を犠牲にした袈裟御前の物語です。

この時、袈裟は16歳。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

恋塚寺

恋塚寺は、恋する袈裟御前を誤って殺してしまった遠藤盛遠が、袈裟御前の菩提を弔うために建てた寺。

袈裟御前の墓

その後、盛遠は出家し「文覚」と名乗り、袈裟の菩提を弔ったのだといいます。


恋塚寺

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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2022年4月11日月曜日

源義経出陣~鎌倉殿の13人第十四話~


第十四話では、木曽義仲との戦いに敗れた平宗盛らの平家一門が安徳天皇と三種の神器を奉じて都落ち。

義仲が入京しますが、後白河法皇とうまくいかず、法皇は頼朝に東国の支配権を公認します(寿永二年十月宣旨)。

そして、義経が義仲追討のため出陣。

一方、鎌倉では御家人たちによる謀反の企てが・・・

次回は、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」グランド・プレミアin伊豆の国で大泉洋さんが凄い回と語っていた十五話。

義時の子を身籠った八重姫は・・・



(東京都文京区)

牛天神北野神社は、後白河法皇から東国の支配権が認められた源頼朝が、夢に現れた菅原道真のお告げにしたがって創建したのだといいます。






木曽義仲

木曽義高

巴御前

今井兼平


後白河法皇







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2022年4月10日日曜日

八重姫梯子供養~伊豆の国市:真珠院の八重姫まつり2022/04/10~




真珠院は、八重姫を祀る堂がある寺。

八重姫は伊東を本拠とした伊東祐親の娘。

祐親は、伊豆に流されてきた源頼朝の監視役。


八重姫は祐親が大番役で京都に行っている間に頼朝と結ばれます。

千鶴丸という男児も授かりますが・・・

それを知った父祐親は許さず、千鶴丸を殺害し、八重姫を伊東館に幽閉しました。

頼朝は北条時政を頼ったようです。


嘆き悲しみの幽閉生活を送った八重姫ですが、頼朝に会いたい一心で伊東館を抜け出して北条館へと向かいます。

しかし、頼朝は時政の娘政子と結ばれていました。

傷心の八重姫は、真珠ヶ淵に身を投げたのだといいます。


かつて、真珠院の南には「真珠ヶ淵」という深い淵があったのだそうです。




八重姫の梯子供養は、「せめて梯子あったら救うことができたのに」という里人の想いから始められたという祭。

今日でも、願い事が叶った際には、小さな梯子を供える習慣があるようです。






八重姫梯子供養で授与されていた梯子。

授けて頂きました。





大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、今のところ、真珠院に伝わる伝説とは異なる展開ですが・・・

最期は入水するという噂・・・




八重姫

千鶴丸


伊東祐親


源頼朝配流の地・北条氏発祥の地


北条の里~頼朝・時政・政子めぐり~


歴史めぐり源頼朝







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