源頼朝は、1180年(治承4年)10月に坂東武士団を率いて鎌倉入りし、鎌倉を「武家の都」とした武家の棟梁ですが・・・
鎌倉に辿り着いたのは奇跡的なことでした。
同年8月17日、伊豆国の流人だった頼朝は、以仁王の令旨を得て、平家打倒の挙兵をします。
しかし、8月24日、石橋山の戦いで大敗し、絶体絶命の危機に。
その時に活躍したのが土肥郷(現在の真鶴町・湯河原町)の豪族・土肥実平。
頼朝は、実平の手引きによって、8月28日、真鶴から安房国へと船出して再挙することができたのです。
その後は、下総・上総・武蔵の武士団が頼朝に従い鎌倉入りを果たしています。
「源頼朝旗挙祭」は・・・
真鶴の岩海岸から船出する頼朝に「住民たちが海の幸をふんだんに使った食事を振る舞った」という伝承をもとに開催されているイベントです。
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湯河原町では・・・
(4月5日)
夏には・・・
(7月24日・25日)







