7月23日から24日にかけて、建長寺では、開山の蘭渓道隆の大法要が行われます。
※建長寺の開山忌は昨年から7月23日・24日に変更されています。
建長寺開山の蘭渓道隆は、1246年(寛元4年)、宋から商船に乗って日本に渡ってきました。
鎌倉の地を踏んだのは、1248年(宝治2年)頃のことといわれています。
1253年(建長5年)、道隆は建長寺の開山に迎えられます。
道隆の厳しい教えは今も『法語規則』として残されています。
道隆は、元(中国)の密偵との疑いをかけられ伊豆に逃れた時期もあります。
そのときに住したのが修禅寺でした。
真言宗であった修禅寺を臨済宗に改宗したといいます。
(伊豆市)
1262年(弘長2年)、後嵯峨天皇の命によって、道隆は鎌倉を離れて京都の建仁寺の住持となります。
(京都市)
その後、鎌倉に戻りますが、叡山衆徒が幕府に讒言したことから、二度に亘って甲斐国へ流されました。
甲府五山の東光寺は、道隆が再興して臨済宗の寺としたと伝えられています。
(甲斐国への配流は、道隆を保護するため措置だったといわれています。)
(甲府市)
1278年(弘安元年)4月、道隆は鎌倉に戻りますが、その年の7月24日、66歳で亡くなりました。
後宇多天皇から「大覚禅師」の称号を贈られています。
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