別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2023年2月24日金曜日

今川氏真が葬られた寺~萬昌院功運寺:東京中野区~




萬昌院功運寺は・・・

今川義元の三男・今川長得(一月長得)が創建した萬昌院と、

徳川秀忠の時代に老中となった永井尚政が創建した功運寺が合併した寺。

萬昌院には、1615年(慶長19年)12月28日、江戸で死去した今川氏真が葬られたのだといいます。


氏真は駿河国・遠江国を支配した戦国大名・今川義元の嫡男。

義元が桶狭間の戦いで討たれた後、家督を継いだ氏真でしたが・・・

1568年(永禄11年)、武田信玄に駿河国を奪われ、翌年、逃げ込んだ掛川城徳川家康に攻められて開城。

これによって戦国大名の今川氏が滅亡します。

その後、氏真は流浪の人生を送り、晩年には家康から品川の地を与えられて暮らしたのだといいます。






武田信玄


徳川家康







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

三河一向一揆

武田信玄の駿河侵攻と徳川家康の遠江侵攻


一言坂の戦い

二俣城の戦い


三方ヶ原の戦い


本能寺の変

伊賀越え


徳川家康


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2023年2月23日木曜日

武田勝頼を裏切り処刑された小山田信茂




JR中央本線の大月駅からもよく見える岩殿山

この山には、甲斐国都留郡の国衆・小山田氏が築いたという岩殿城(岩殿山城)がありました。

小山田氏は、武蔵国の秩父を本拠とした秩父氏の流れを汲む氏族で、秩父重弘の子有重を祖としています。

源頼朝に仕え「鎌倉武士の鑑」と呼ばれた畠山重忠は、有重の甥です。


1582年(天正10年)3月、織田信長・徳川家康連合軍による甲州征伐が始まると、武田勝頼は岩殿城へと逃れていきます。

しかし、城主の小山田信茂の裏切りで、天目山の麓の田野で自害。

甲斐武田氏の嫡流は滅亡しました。

その後、勝頼を裏切った信茂は、信長への謁見を希望しますが、不忠者として甲斐善光寺で処刑されたと伝えられています。






甲州征伐・天目山の戦い



武田信玄


徳川家康







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

御旗楯無 御照覧あれ

風林火山

諏訪神号旗


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2023年2月22日水曜日

武田勝頼の墓~甲州市:景徳院~




1582年(天正10年)3月11日、天目山の麓の田野で自害した武田勝頼と嫡男信勝、継室の北条夫人の墓。




武田氏滅亡後、甲斐国を領することとなった徳川家康は、勝頼らが自害した田野の地に景徳院を建立させました。


武田勝頼像
(甲斐大和駅前)

武田勝頼は、甲斐武田氏20代当主。

偉大な父武田信玄の跡を継ぎますが、1575年(天正3年)の長篠の戦いで大敗。

武田氏は衰退し、1582年(天正10年)の甲州征伐で滅亡しました。






甲州征伐・天目山の戦い


武田信玄


徳川家康







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

御旗楯無 御照覧あれ

風林火山

諏訪神号旗


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2023年2月21日火曜日

徳川家康が舞い、遺訓を語る「からくり時計」~岡崎城~



岡崎城のからくり時計は、毎時00分・30分に徳川家康の人形が登場して能を舞い、遺訓を語ります。



人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし・・・









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三河一向一揆

武田信玄の駿河侵攻と徳川家康の遠江侵攻


一言坂の戦い

二俣城の戦い


三方ヶ原の戦い


本能寺の変

伊賀越え


徳川家康


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2023年2月19日日曜日

2023江の島の流鏑馬




今年で3回目となる江の島の流鏑馬は、3月11日。

場所は、江の島片瀬東浜海岸

時間は、12:30~15:15

奉仕されるのは武田流流鏑馬








武田流流鏑馬


江の島








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鎌倉桜情報

鎌倉:梅の名所


~鎌倉原産の桜~
(京都で人気を集めた鎌倉桜)

桐ヶ谷~鎌倉原産の桜~

普賢象~鎌倉原産の桜~


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

~鎌倉市の木~

ヤマザクラ

オオシマザクラ


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曽我梅林


松田町の河津桜


頼朝桜まつり~鋸南町~


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