1180年(治承4年)8月、伊豆国で源氏再興の挙兵をした源頼朝は、相模国へと進軍しますが、石橋山の戦いで大庭・伊東の連合軍に大敗。
土肥実平の手引きで土肥山中に逃れた頼朝は、8月28日、安房国で再挙するため、真鶴の岩海岸から船出します。
伝説によると・・・
頼朝を乗せた船が海上へと漕ぎ出したところへ、追ってきた大庭の軍兵が船を発見。
追手は浦人に
「あの船は槍などを持っているようだが何だ」
と尋ねますが、浦人が
「あれは鮫追船で、鮫が出て漁のさまたげになっているので、それを退治するため船です」
と答えると、追手はその言葉を信じて引き揚げたため、頼朝は難を逃れることができたのだとか。
のちに全国を制した頼朝は、浦人の功労を賞して岩海岸の鮫追船三艘の船役を免除。
その特権は江戸時代まで続いたのだとか。
北条氏朱印状
後北条氏も頼朝にならって船役を免除し、真鶴町には1581年(天正9年)に与えられた鮫追船の新造諸役免除の朱印状が伝えられています。
2026年(令和8年)3月22日(日)、岩海岸では源頼朝旗挙祭が開催されます。
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湯河原町では・・・
(4月5日)
夏には・・・
(7月24日・25日)






