鎌倉十井の一つ「底脱ノ井」の由来を語る伝説で、この井戸の水を汲んで桶の底が抜けたことから、「千代能がいただく桶の底抜けて水たまらねば月もやどらじ(ず)」という和歌を詠んだ女性は、だれの娘だといわれているか。
(第19回2級)
(月岡芳年画)
「千代能がいだく桶の底抜けて水たまらねば月もやどらじ」
鎌倉十井の一つ「底脱ノ井」の名の由来となった和歌。
千代能(千代野)は安達泰盛の娘。
金沢顕時に嫁いだが、1285年(弘安8年)の霜月騒動で父泰盛が滅ぼされ、夫顕時が下総国に隠棲すると、建長寺・円覚寺の管長だった無学祖元に参禅したのだといいます。
底脱ノ井の伝説の歌は、悟りが開けたという解脱の歌。
参考までに・・・
顕時と千代能の娘は足利貞氏の正室となり、嫡子高義(尊氏の異母兄)を産んでいます。
浄妙寺の境内にあった延福寺は、高義が母の供養のために建てたのだとか。
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