源頼朝が創った武家政権の都「鎌倉」の歴史を中心に、関係地の伝説・文化や自然・寺社の花などの情報をお伝えします。
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別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
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『中世歴史めぐりyoritomo-japan』
の別冊。
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2023年3月11日土曜日
「鎌倉殿の13人」をめぐりながら鎌倉の桜~妙本寺~
私の個人的データからで申し訳ございませんが、
妙本寺のソメイヨシノ
は鎌倉で一番早く開花します。
ここ数年は、東京や横浜と同じかやや早く開花しています。
妙本寺
がある比企ヶ谷は、
源頼朝
が
比企尼
に与えた地。
比企尼の猶子となった
比企能員
が
源頼家
を招いて催した花見の宴では、京の白拍子
微妙
が舞いました。
ソメイヨシノが終盤になると、
カイドウ
や
枝垂れ桜
が見ごろを迎えます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~鎌倉原産の桜~
(京都で人気を集めた鎌倉桜)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~鎌倉市の木~
「鎌倉殿の13人」をめぐりながら鎌倉の桜~本覚寺~
本覚寺
の
夷神
は、
源頼朝
が
御所
の鬼門の守護神として置いたのが始まり。
日蓮
の
分骨堂前
の
枝垂れ桜
は、ソメイヨシノが開花する頃に見ごろを迎えます。
枝垂れ桜が終わると
ソメイヨシノ
や
八重桜
が見ごろに。
仁王門横には、
京都御所
の
紫宸殿
に左近の桜として植えられた
桐ヶ谷
も。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~鎌倉原産の桜~
(京都で人気を集めた鎌倉桜)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~鎌倉市の木~
武田信玄の母・大井夫人の菩提寺~甲府:長禅寺~
長禅寺
は
武田信玄
が定めた
甲府五山
の一つ。
五山の順位は不明ですが、長禅寺は一位だったのだと伝えられています。
大井夫人の墓
大井夫人(大井の方)は、武田氏一門の大井信達の娘。
武田信虎に嫁ぎ、晴信(信玄)・信繁・信廉を産みました。
信虎が信玄に追放された後も
躑躅ヶ崎館
に残り、剃髪して御北様・お北の御坊と呼ばれたのだといいます。
長禅寺
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2023年3月10日金曜日
「鎌倉殿の13人」をめぐりながら鎌倉の桜~源氏山・葛原ヶ岡~
源氏山
は、
源頼朝
の先祖・
源義家
が源氏の白旗を掲げて後三年の役の勝利を祈願したという鎌倉の中心にある山。
源氏山山頂や
源頼朝像
周辺では、鎌倉市の木に制定されている
ヤマザクラ
・
オオシマザクラ
が見事です。
後醍醐天皇
の忠臣・
日野俊基
を祀る
葛原岡神社
参道にはソメイヨシノ。
日野俊基顕彰行事の一環として1924年(大正13年)に植えられたもの。
源氏山の麓には・・・
頼朝の父
義朝
の亀ヶ谷館跡に建てられた
壽福寺
や、頼朝が霊夢によって建立したという
銭洗弁財天宇賀副神社
や
佐助稲荷神社
があります。
源氏山から尾根伝いを歩く
大仏ハイキングコース
にも
ヤマザクラ
や
オオシマザクラ
が。
京都御所
の
紫宸殿
に左近の桜として植えられた
桐ヶ谷
は、オオシマザクラの突然変異種で鎌倉原産の桜です。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
武田信玄の継室・三条夫人の墓~甲府:円光院~
三条夫人(三条の方)は、1521年(大永元年)に左大臣・三条公頼の次女として誕生。
1536年(天文5年)、
武田晴信
(信玄)の継室に迎えられ、三男二女をもうけました。
ただ、嫡男の義信は謀反の疑いをかけられ廃嫡(参考:
義信の墓
)。
長女の黄梅院は
北条氏政
に嫁ぎますがのちに離縁され病死。
次男の信親は盲目、三男の信之は夭折しています。
1570年(元亀元年)7月28日死去(享年50)。
信玄にとっては良き妻ではなかったかのように伝えられるが・・・
三条夫人の妹は
本願寺
十一世・顕如の妻。
信玄が越前朝倉氏・近江浅井氏・石山本願寺などと手を組んで織田信長包囲網を構築することができたのは、三条夫人のおかげなのかもしれない・・・
武田信玄の墓
1573年(元亀4年)、三河国へ侵攻して病に倒れた
信玄
は、4月12日、甲府へ帰る途中の信濃国伊那谷で死去。
三条夫人の墓所の近くにあった土屋昌続邸に埋葬されました。
3年後、菩提寺の
恵林寺
に改葬されています。
円光院
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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