別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2021年8月15日日曜日

鶴岡八幡宮の放生会


1187年(文治3年)8月15日、源頼朝鶴岡八幡宮で放生会を催しました。

「放生会」とは、仏教の殺生を禁じる思想に基づくもの。

魚や鳥などを山野に放ち、善根(よい報いを招くもととなる行為)を施すという儀式です。


頼朝は、放生会に先立って、8月1日から15日までの間、殺生を禁止することを関東の荘園などに命ずるとともに、鎌倉の海、浜、川、溝などでもこれを守らせるよう命を出しています。


源平池

放生会には、源平池(放生池)に鯉などを放ち、善業を積むという意味合いが込められていました。


    


8月9日には、流鏑馬馬場が造られ、埒が結ばれました。


流鏑馬 流鏑馬 流鏑馬 流鏑馬 流鏑馬

そして、8月15日、鶴岡八幡宮に頼朝が出御。

供は、源範頼・平賀義信・加賀美遠光・安田義定・源廣綱・小山朝政千葉常胤三浦義澄八田知家足立遠元など。


小笠原流・流鏑馬


放生会後に奉納された流鏑馬では、

一番 長江太郎義景
鎌倉権五郎景政の子孫)

二番 伊沢五郎信光
(武田信光・弓馬四天王の一人)

三番 下河辺庄司行平
(藤原秀郷の子孫・小山氏の一族)

四番 小山千法師丸
(?????)

五番 三浦平六義村
(三浦義澄の嫡男)

が射手を務め、五騎の全てが的中させたそうです。


神輿 神輿 神輿 神輿 神輿

鶴岡八幡宮例大祭

鶴岡八幡宮例大祭は、この放生会を起源としているのだといいます。







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

鶴岡八幡宮例大祭
9月14日~16日


鶴岡八幡宮神幸祭

流鏑馬


鶴岡八幡宮

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
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二代執権北条義時


宿老13人の合議制


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2021年8月14日土曜日

源頼朝の三大寺院の奉行人~御願寺社の執行者~


源頼朝は、幕府の御願寺の執行者を決めていましたが、1194年(建久5年)12月2日、人数を追加し、重ねてその命を下しました。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


大庭景義

安達盛長

中原季時(中原親能の子)

清原清定(文筆官僚)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

勝長寿院

大江広元

梶原景時

中原仲業(中原親能の家人)

豊前介実景(奥州藤原氏の文官か?)


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

永福寺跡

三浦義澄

畠山重忠

義勝房成尋(頼朝の挙兵時から従う僧)

【永福寺阿弥陀堂】

中原親能

藤原行政

武藤頼平(平知盛の家臣だった)

【永福寺薬師堂】(これから造営される)

毛呂季光(武蔵国入間郡毛呂郷)

三善康清(三善康信の弟)

平盛時(頼朝の右筆)



歴史めぐり源頼朝


2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人


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2021年8月10日火曜日

長谷寺へ朝参り~鎌倉の四万六千日~2021/08/10


御身影


長谷寺本尊は、木造では日本最大級といわれる十一面観音像。

今年で造立1300年。

右手に錫杖を、左手に蓮華の花瓶を持ち、蓮華座ではなく岩座に立つという独特の像で、「長谷寺式十一面観音」と呼ばれています。

坂東三十三箇所第四番札所。


長谷寺観音堂


妙智池のハス



長谷観音の伝説

四万六千日


長谷寺







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人


二代執権北条義時


宿老13人の合議制


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2021年8月9日月曜日

源実朝の誕生日


「吹く風のすずしくもあるかおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり」


今日は源実朝の誕生日。

そして、ぼんぼり祭の最終日。




白旗神社では、源実朝の遺徳を偲ぶ「実朝祭」が行われます。



ぼんぼり祭


源実朝

2022年の大河ドラマ
鎌倉殿の13人







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8月10日は功徳の日!

黒地蔵縁日

四万六千日

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

鶴岡八幡宮例大祭


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2021年8月8日日曜日

田代観音~源頼朝に仕えた田代信綱の守り本尊:安養院~




安養院は、1680年(延宝8年)に焼失した後、比企ヶ谷にあった田代観音堂が移されたことから「田代寺」と呼ばれています。

田代観音堂は、源頼朝伊豆国蛭ヶ小島の流人の頃から仕えていた田代信綱が建てたと伝えられています。

そして、安養院千手観音は、田代観音堂の本尊で、胎内に信綱の守り本尊だった観音像を納めていることから「田代観音」と呼ばれています。


田代信綱の守り本尊という観音像は・・・

986年(寛和2年)、東大寺の僧・奝然(ちょうねん)が宋に渡ったときに手に入れたものなのだそうです。

そして、後三条天皇から第三皇子の輔仁親王→その子の花園左大臣有仁卿→その子の伊豆国司中納言為綱卿→その子の田代信綱に伝わったといわれています。


観音信者であった田代信綱は、持っていた観音像のおかげで戦に勝利することができたとして観音堂の創建を思い立ち、辻堂(藤沢市)にあった千手観音像の胎内に観音像を納め、尊乗上人を開山に迎えて比企ヶ谷に白花山普門院田代寺を創建したのだといいます。

千手観音像は、恵心僧都が江の島から鎌倉へ向かう途中、辻堂の川で亀に守られていた霊木で彫った像なのだとか。


安養院


安養院は、北条政子の創建と伝えられている寺。

坂東観音巡礼第三番札所。


(伊豆市)


安養院


四万六千日







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源頼朝配流の地・北条氏発祥の地

北条の里~頼朝・時政・政子めぐり~

伊豆・箱根


歴史めぐり源頼朝


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