鎌倉時代の長谷から
由比ヶ浜にかけての一帯は広大な埋葬地。
鎌倉時代中期になると、御輿ヶ嶽に
新居閻魔堂が建立され、「地獄の情景」を表す聖域として
鎌倉大仏や
長谷寺とともに浄土信仰に基づく情景を構成していたとする説があります。
鎌倉時代の人々は・・・
「死後に
新居閻魔堂の
閻魔大王の厳しい裁判を受け、
その地獄の苦しみを
長谷寺の
十一面観音や
覚園寺の
黒地蔵が身代わりとなって救い、
最終的に
鎌倉大仏(阿弥陀如来)によって極楽浄土へ導かれる」
というストーリーを長谷・由比ヶ浜の地に見出していたのかもしれません。