仏教説話集の『沙石集』には、由比ヶ浜の辺りに人々から信仰されていた火焼地蔵(ひやけじぞう/ひたきじぞう)と呼ばれる地蔵尊があったことが書かれているようです。
しかし、持主が貧しさのあまり手放すこととなったため、東大寺の願行上人が買い取り、二階堂へ移されたのだとか。
その地蔵尊は丈六(約4.8メートル)。
その後、二階堂の地に覚園寺が建立されて安置されたそうですが・・・
この火焼地蔵は、黒地蔵のことなのでしょうか?
現在の黒地蔵は、鎌倉時代の作とされていますので『沙石集』が書かれた時代と合いますが、大きさがかなり違います(現在の黒地蔵は約170センチメートル)。
東大寺の願行と言うのも気になりますが、泉涌寺と勘違いしたのかもしれません。
由比ヶ浜にあった火焼地蔵が黒地蔵のことだとすると・・・
当時、覚園寺には大小二体の黒地蔵があったことになります。
それとも『沙石集』を著者が霊験の偉大さを強調するために大きなサイズに書いてしまったのか?
いずれにしても、覚園寺の黒地蔵は並々ならぬ霊験を持つ尊像として信仰され続けてきたようです。
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鎌倉の夏






