妙本寺の祖師堂前に植えられているソメイヨシノは、鎌倉の中で最も早く開花する桜。
妙本寺のある比企ヶ谷には、源頼朝の乳母を務めた比企尼の屋敷や尼の甥にあたる比企能員の屋敷がありました。
『吾妻鏡』によると・・・
1202年(建仁2年)3月8日、比企能員は比企邸に源頼家を招いて花見の宴を催しています。
宴では京の白拍子微妙が舞いました。
微妙が鎌倉に来た理由は、父の行方を捜すため。
3月15日、頼家の御所で微妙の舞を観た北条政子は、微妙の父を捜すよう命じましたが・・・
8月5日、すでに亡くなっていたことが知らされました。
8月15日、微妙は亡き父の追善供養をするため寿福寺の栄西の宿舎で出家。
御家人の古郡保忠と熱愛中だったようですが、保忠が領地の甲斐国へ下っている間に尼となってしまったのだとか。
その後、微妙がどうなったのかは不明・・・
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