「源頼朝旗挙げ武者行列」は、伊豆国で挙兵した源頼朝が土肥実平らととも土肥郷から石橋山に出陣する様子を再現するイベント。
1180年(治承4年)8月17日、伊豆国で挙兵した源頼朝は、伊豆国の目代・山木兼隆を討ち、20日、相模国へと進軍。
土肥実平も嫡男の遠平とともに頼朝に従います。
土肥郷に入った頼朝は、石橋山の戦いにのぞむため五所神社で戦勝祈願を行ったのだと伝えられています。
(湯河原町)
実平の菩提寺・城願寺では、実平と頼朝主従の法要が営まれます。
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8月23日、石橋山に布陣した頼朝でしたが・・・
24日未明には大庭景親と伊東祐親の軍に大敗。
頼朝は実平の手引きで土肥山中に逃れ、箱根権現に身を寄せますが、25日には再び土肥郷へと下ります。
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「源頼朝旗挙祭」は、かつて行われていた「源頼朝旗挙げフェスティバル」を復活させるイベント。
真鶴町で1997年まで開催されていた「源頼朝旗挙げフェスティバル」で使用された外周9.3メートルの大鍋。
容積は31890リットル。
一回の調理でお椀16000杯分の食事を賄うことができる世界最大級の大鍋です。
この鍋が「源頼朝旗挙祭」で復活。
真鶴で獲れた伊勢海老をはじめとした魚介類や地域の野菜を使用した「頼朝旗挙鍋」が振舞われます。
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真鶴は源頼朝船出の地。
箱根権現から土肥郷に下った頼朝は、真鶴の鵐窟に身を潜め、8月28日、岩海岸から船出し、翌日、安房国の平北群猟島に上陸。
安房国で再挙した頼朝は、10月7日、大軍を率いて鎌倉に入ります。
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