別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2020年5月15日金曜日

隆弁の予告と北条時宗の誕生

『吾妻鏡』によると・・・

1250年(建長2年)8月27日、北条時頼室(葛西殿)の懐妊が明らかとなり、祈祷が行われています。

12月13日、鶴岡八幡宮別当の隆弁が加持を勤め着帯の儀が執り行われました。




北条時宗が生まれたのは、父時頼の母松下禅尼の「甘縄の第」でした。

松下禅尼は、安達景盛の娘。

安達氏の館は、甘縄神明神社の辺りにあったと伝えられています。

(※松下禅尼質素倹約の教え


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

~隆弁の出産予告~


翌1251年(建長3年)5月1日、出産間近となった葛西殿は、産所とした松下禅尼の「甘縄の第」に移ります。


5月14日になると隆弁は、「出産は明日酉の剋」と予告します。


そして次の日がやってきました。


時頼は、今日出産というのに葛西殿にその気配がないので、隆弁に使いを出しています。

すると隆弁は、

必ず「今日の酉の剋に出産なので心配ご無用」と返答しているようです。


そして、隆弁の予告どおりに時宗が誕生しました。


このとき隆弁は、三嶋大社に祈願している間に受けた夢告について披露しています。


2月12日寅の剋、隆弁の夢に白髪の老翁が現れて、

「祈念するところの懐婦は、5月15日酉の剋に男子を平産する」

と告げたのだといいます。


 三嶋大社


 北条時宗産湯の井戸
(甘縄神明神社)


(参考:北条得宗家の嫡子として誕生した北条時宗








☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 甘縄神明神社

 八代執権北条時宗

 莫煩悩

 三嶋大社

 五代執権北条時頼


 よりともジャパン.com