別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




okadoのブログは、『中世歴史めぐりyoritomo-japan』の別冊。
京都・奈良・平泉・鎌倉などの寺社・歴史・人物・伝説・文化・自然・花などの情報をお伝えします。


2023年3月3日金曜日

赤穂浪士に討たれた吉良義央の墓~萬昌院功運寺:東京中野区~




1702年(元禄15年)12月15日、大石内蔵助以下47人の赤穂浪士に討たれた吉良義央は萬昌院に葬られます。

萬昌院は、今川義元の三男・今川長得(一月長得)が創建したという寺。

当初は江戸城の半蔵門近くにあったそうですが、移転を繰り返し、現在は東京都中野区上高田にあります。


義央は三河吉良氏。

三河吉良氏は、1563年(永禄6年)に起こった三河一向一揆で松平家康(徳川家康)に敵対しますが、義央の高祖父の義安が相続を許され、曾祖父義定が江戸幕府に仕え、祖父義弥が高家となっています。








三河一向一揆


徳川家康







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

武田信玄の駿河侵攻と徳川家康の遠江侵攻


一言坂の戦い

二俣城の戦い


三方ヶ原の戦い


本能寺の変

伊賀越え


徳川家康


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2023年3月2日木曜日

鎌倉桜情報!甘縄神明神社の玉縄桜2023/03/02


玉縄桜は、鎌倉で生まれた桜。

今が見ごろとなっていますが、昨年より1週間から10日早いかもしれません。

ソメイヨシノから生まれた桜ですので、ソメイヨシノの開花もかなり早くなるのかも・・・













甘縄神明神社には安達盛長邸跡の石碑が建てられています。

「鎌倉殿の13人」では描かれませんでしたが、安達盛長の子・景盛は、源実朝坊門姫に信頼されていました。

実朝が横死すると、坊門姫は京都へ帰りますが、実朝の菩提を弔うために大通寺を建立しています。

そして、「寺に何か問題が起こったときは安達泰盛に訴えるように」と遺言して亡くなったのだといいます。

泰盛は景盛の孫です。





玉縄桜


特集!「鎌倉殿の13人」鎌倉編

北条氏をめぐる鎌倉








☆ ☆ ☆ ☆ ☆

鎌倉桜情報


松田町の河津桜

頼朝桜まつり~鋸南町~


曽我梅林


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2023年2月28日火曜日

徳川家康ゆかりの蜜柑の木~清瀧寺・駿府城~




清瀧寺徳川家康の嫡男・松平信康の廟所がある寺。

本堂前に植えられている蜜柑の木は、家康が駿府城に植えた蜜柑から挿し木で分けられたもの。

地元の小学生が収穫するそうです。


(駿府城公園)


どちらも静岡県の天然記念物。












☆ ☆ ☆ ☆ ☆

三河一向一揆

武田信玄の駿河侵攻と徳川家康の遠江侵攻


一言坂の戦い

二俣城の戦い


三方ヶ原の戦い


本能寺の変

伊賀越え


徳川家康


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2023年2月26日日曜日

徳川家康の神号はどうする?


1616年(元和2年)4月17日、駿府城で死去した徳川家康は、遺言どおりに久能山に埋葬されますが・・・

その際、家康の神号をどうするかが問題となり、「黒衣の宰相」と呼ばれる崇伝天海が対立します。

崇伝は「明神」を主張し、天海は「権現」を主張しましたが・・・

「明神」は豊臣秀吉の豊国大明神と同じとなり、豊臣家と同じ末路になるという天海の主張が受け入れられ、「権現」となったのだとか。

翌年、朝廷から「東照大権現」の神号が授けられています。


(京都)

豊国神社は、豊臣秀吉を祀る神社。

1599年(慶長4年)に創建されますが、1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると、徳川家康により取り壊されてしまいました。

再興されたのは1868年(明治元年)のこと。




久能山東照宮は、徳川家康を祀る東照宮の創祀。



死去から1年後、家康の遺骸は日光山に改葬され、日光東照宮が創建されました。



徳川家康








☆ ☆ ☆ ☆ ☆

三河一向一揆

武田信玄の駿河侵攻と徳川家康の遠江侵攻


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