伊豆国一之宮の三嶋大社。
伊豆に流されていた源頼朝は、源氏再興を祈願するために百日間の日参をしたのだといいます。
一つの根から赤松と黒松が生えている相生松のある場所は、安達盛長が日参する頼朝を警護した所なのだといいます。
神馬舎横に置かれている石は、日参の源頼朝と北条政子が休息のために腰を掛けた石なのだとか。
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(伊豆の国市)
三嶋大社への途次には茶店があったそうです。
成願寺は、頼朝が餅売りの嫗(おうな)のために建立したという寺。
(三島市:右内神社)
右内神社は、三嶋大社の随神門として鎮座する社。
三嶋大社に日参していた頼朝が度々立ち寄っていたのだとか・・・
(三島市)
三嶋大社に参詣の頼朝は、疲労のため路傍の祠の松の根もとで仮眠をとったのだといいます。
以来、松は「まどろみの松」と呼ばれ、祠は間眠神社と呼ばれるようになったのだとか。
(三島市)
妻塚観音堂は、大庭景親の妻が祀られている堂。
頼朝を暗殺しようとした景親は、誤って妻を殺してしまったのだとか。
(三島市)
三嶋大社に参詣する頼朝の後を衝けてくる怪しい女。
頼朝が腕を切り落とすと・・・地蔵尊だった・・・
(三島市)
願成寺は、三嶋大社に日参する頼朝が宿舎とした庵が始まりなのだとか。
(三島市:宝鏡院)
宝鏡院の「笠置の石」は三島七石の一つ。
源頼朝が三嶋大社に参詣する折に笠を置いたのだとか・・・
(三島市)
三嶋大社に日参していた頼朝は、宗徳院にも詣でたのだといいます。
宗徳院の延命地蔵尊は、頼朝の祈願仏だったのだとか。
(三嶋大社前)
三嶋大社へ日参した頼朝は、この井戸の水で喉を潤したのだとか・・・
(三島市)
法華寺には写経した般若心経が奉納されたのだと伝えられています。
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1180年(治承4年)8月17日、源頼朝は挙兵します。
この日は三嶋大社の祭礼の日でした。
伊豆国の目代山木兼隆を討って相模国に進んだ頼朝は、石橋山の戦いで敗れはするものの、安房国で再起して10月6日(7日とも)に鎌倉入り、見事に源氏再興を果たしています。
この日は三嶋大社の祭礼の日でした。
伊豆国の目代山木兼隆を討って相模国に進んだ頼朝は、石橋山の戦いで敗れはするものの、安房国で再起して10月6日(7日とも)に鎌倉入り、見事に源氏再興を果たしています。
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