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2024年4月21日日曜日

紫式部が暮した越前武生には源義経も。




『義経記』によると・・・

壇ノ浦の戦い後、源頼朝と不仲となってしまった源義経は、都を逃れ、逢坂の関を越えて大津から琵琶湖を渡って奥州平泉へ向かったのだといいます。

義経は唐崎の松比叡山日吉大社、堅田浦を眺めながら琵琶湖の西岸沿いを進み、白鬚神社を拝みながら今津浦を過ぎて海津浦へ。

海津浦から愛発山を越えて敦賀に至り、気比神宮で祈願した後、木ノ芽峠を越えて越前武生に辿り着いたようです。




義経が越前に下る190年前、紫式部も越前にやってきました。

紫式部公園は紫式部の越前下向を記念して整備された公園です。



源義経


紫式部



紫式部の越前下向



紫式部・源氏物語・光源氏ゆかりの地めぐり~光る君へ~









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紫式部と越前国


紫式部の越前下向


琵琶湖で紫式部・源氏物語


紫きぶ七橋


光る君へ 越前 大河ドラマ館


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