口寄せ(くちよせ)は、霊を自分に乗り移らせて、霊の代わりにその思いなどを語る降霊術。
「光る君へ」第8話では、安倍晴明が祈祷をしていると藤原忯子の霊が降りてきたようでが・・・
藤原兼家に忯子の霊がとりつき、花山天皇の譲位へと繋がっていくようです。
984年(永観2年)に即位した花山天皇は、986年( 寛和2年)6月23日、元慶寺で出家します(寛和の変)。
僅か2年の在位でした。
出家の原因は、
「忯子の死のショックの中、藤原道兼に騙されて・・・」
といわれますが、
花山天皇は出家前の5月、円融天皇の時代には行われなかった端午節会を復活させています。
端午節会で催される馬術競技は、王権を見せつけるためのもの。
「花山天皇の意欲の表れ」とする説があるようですが、真相はどうだったのでしょう?
📎競馬・騎射・打毬~花山天皇と円融上皇と王権誇示の馬術競技~
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紫式部の『源氏物語』には物の怪(怨霊・生霊)がよく現れます。
光源氏に心変わりされてしまった六条御息所は、生霊となって夕顔や葵の上にとりつきました。
死後も紫の上にとりついています。
清涼殿落雷事件で知られる菅原道真、首が胴を求めて飛び去った平将門、保元の乱で讃岐に流された崇徳天皇は、日本三大怨霊と呼ばれています。
源頼朝は、壇ノ浦の戦いで海に沈んだ安徳天皇の怨霊が現れて落馬したとも伝えられています(📎源義経や安徳天皇の怨霊が)。
北野天満宮は無実の罪で大宰府に流された菅原道真を祀る社。
北野天満宮の神号は一条天皇から賜っています。
藤原秀郷と平貞盛に討たれた平将門の首級は、京都へ送られて梟首されるが、故郷へ向けて飛び去っていったのだという。
その首が落ちた場所とされるのが、東京都千代田区大手町にある将門塚。
「悪縁切り」のご利益で知られる安井金毘羅宮は、保元の乱後讃岐に流された崇徳上皇を祀る社。
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