明治の神仏分離令が出されるまで、鎌倉には、鶴岡八幡宮の供僧の菩提寺だった松源寺がありました。
伝承によると・・・
源頼朝が伊豆の流人時代に信仰していた日金山の地蔵尊を模刻させて安置した地蔵堂が始まり。
本尊の地蔵菩薩は運慶の作だったのだとか。
その場所は、鉄観音の西、窟堂の山の中壇。
現在の「鎌倉市川喜多映画記念館」と「旧川喜多邸別邸」の敷地内と考えられています。
2024年(令和6年)末から2025年(令和7年)の川喜多映画記念館の南側で行われた発掘調査では、石敷き遺構が発見されいますが、松源寺に関連するものという可能性も。
明治の神仏分離により廃寺となった松源寺の地蔵尊は、一時、長谷寺に安置されていたようですが、昭和のはじめ頃に横須賀の東漸寺に移されています。
東漸寺の日金地蔵は鎌倉二十四地蔵の一つ。
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