放生会は、仏教の殺生を禁じる思想に基づくもので、魚や鳥などを山野に放ち、善根(よい報いを招くもととなる行為)を施すという仏教の儀式。
1187年(文治3年)8月15日、
源頼朝は
鶴岡八幡宮で
放生会を催しました。
この放生会が現在の
例大祭の起源とされています。
我が国の放生会は、八幡神の神託により744年(天平16年)頃に宇佐八幡宮で始められました。
863年(貞観5年)には
石清水八幡宮でも放生会が執り行われるようになり、948年(天暦2年)には勅祭とされました。
頼朝は、
石清水八幡宮の放生会を模した大規模な儀式を執り行い、鎌倉武家政権の正当性を誇示しようとしたのかもしれません。
放生会では
流鏑馬が奉納されていますが、この時期は
奥州平泉の
藤原秀衡のもとに
源義経が逃げ込んだことで秀衡との対立が深まっていました。
流鏑馬は、平泉の秀衡に対しての「武力誇示」と、「鎌倉に弓を引くなら即攻め込む」という強い意志を表したものだったのかも。