神明大神宮は、大庭景能(景義)の懐嶋館の鬼門に建立されたという社。
大庭景能像
大庭景能(景義)は、1180年(治承4年)の源頼朝の挙兵に参じ、鶴岡八幡宮の造営や御所の造営を奉行しました。
景能祭の碑
景能祭の字は鎌倉の鶴岡八幡宮宮司の揮毫。
山王権現社
懐嶋館址
景能公没八百年祭の碑
層塔
大庭景能は、1210年(承元4年)4月9日没。
その子景兼は、1213年(建暦3年)に起こった和田合戦で、和田義盛に味方して失脚。
その後の生死は不明。
層塔には、景義ゆかりの鶴岡八幡宮の源平池、景義邸跡、景兼ゆかりの和田塚の三カ所の土が鶴岡八幡宮でお祓いを受けて祀られています。
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