別冊『鎌倉手帳』

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2015年11月25日水曜日

鎌倉で最期を遂げた護良親王の墓


護良親王後醍醐天皇の皇子。

比叡山の大塔に入室したことから大塔宮(おおとうのみや)とも呼ばれます。



1331年(元弘元年)、後醍醐天皇が倒幕のための「元弘の乱」を起こすと、親王は還俗して倒幕運動に参戦します。

親王の活躍もあって1333年(元弘3年)、鎌倉幕府は滅亡しますが・・・

その後、親王は足利尊氏との仲がうまくいかなくなり、1334年(建武元年)11月15日、鎌倉に幽閉されてしまいました。

親王を祀る鎌倉宮には親王が幽閉されていたという土牢が残されています。





親王は土牢で約9ヶ月間にわたる幽閉生活を送っていましたが・・・

1335年(建武2年)7月、北条高時の遺児時行が反乱を起こすと、鎌倉を守っていた足利直義は、7月23日、淵辺義博に命じて親王を殺害させました。


親王の首は理智光寺の僧によって葬られたのだと伝えられています。


~妹の用堂尼は東慶寺へ~



東慶寺五世の用堂尼は護良親王の妹。

親王の菩提を弔うために東慶寺に入山したのだといいます。


~子の日叡は妙法寺を建立~

(妙法寺)

妙法寺開山の日叡は、護良親王と南の方の子。


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